ギリシャ文明の中心、アテナイのアクロポリス

地中海はその温暖な気候から文明が生まれる地でもありました。古くはエジプトやカルタゴ、ローマといった数々の文明や文化が起きては消えていきました。そんな中でも今回はギリシャの世界遺産に焦点を当ててみたいと思います。

ギリシャの世界遺産、アテナイのアクロポリス

ギリシャの遺跡を想像すると小高い丘に柱がたくさん並んでいる建物を想像するかと思います。それこそがギリシャの世界遺産の一つ、アテネにあるアテナイのアクロポリスです。アクロポリスとは「高いところ、城市」という意味で古代ギリシャではこのような小高い丘を中心に都市国家を成立させました。

古代ギリシャ以前のミケーネ文明では同じような場所が城塞として使われましたが、都市国家が成立すると神殿などの宗教施設、有事の避難場所として使われるようになりました。アテナイのアクロポリスも当初は城塞のようなものが建てられと考えられます。ではアテナイのアクロポリスにはどのようなものが建っているのでしょうか?

ギリシャと言えば、パルテノン神殿

アテネの街で丘の上でひと際目立つ建物、それがパルテノン神殿です。古代ギリシャのアクロポリスでは都市を守る神の神殿が捧げられました。パルテノン神殿はギリシャ神話の女神、アテネを祀る神殿でアテネはこの街の守護神でした。起工は紀元前447年、元々神殿があったのですが戦争で破壊されそれを再建する形で作られ、完成したのが紀元前438年でした。完成後も装飾などは追加され続けました。

マケドニア王国やローマ帝国の支配下に入った後もギリシャ文化を尊重する王や皇帝によって自分たちの権威づけの意味合いもあってパルテノン神殿は補修が行われるなどして存続します。しかし、5世紀以降になると神殿はキリスト教の聖堂に作り替えら、それまでのアテネを祀る神殿は次第に破壊されていきます。15世紀に入るとオスマン帝国の支配下に入ります。オスマン帝国は領地内の遺跡をむやみに破壊することはありませんでしたが、パルテノン神殿は一部をモスクに作り替えられました。

しかし、戦争に巻き込まれパルテノン神殿の一部が爆破されるなどの被害を受けてしまい、彫刻などもその後の混乱で持去られてしまいました。その一部はルーブル美術館や大英博物館に収蔵されています。1975年、ギリシャ政府はパルテノン神殿を初めとしたアクロポリスの建造物の修復に動きました。爆破される以前の姿を取り戻すことは難しいですが、それでもその歴史を感じさせる美しい姿は今も昔も観光客を楽しませています。

実は情熱的な国

ギリシャは温暖な気候というお国柄もあってか、おおらかで優しい国民性の国でもあります。それはギリシャの神話にも見ることができます。ギリシャ神話の主神、ゼウスは恋多き神様で奥さんがいたにも関わらずたくさんの愛人を作りました。あまりにも多すぎてその逸話は星座として見ることもできます。

今のギリシャの人も実に夜は情熱的で、世界的に見ても夜の営みの多い国です。そんな国に異性と観光に行くことにもなれば夜の対策も大事です。そんな時にはバイアグラなどのED対策の薬を準備しておくことをお勧めします。今ではジェネリック医薬品のものもありますのでお財布にも優しいです。信頼できる専門のクリニックで購入しましょう。せっかくのアテネ。神様に負けないくらい情熱的な夜にしてみませんか?

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