完成に600年!ケルン大聖堂

キリスト教の教会はとても大きなものが作られることがよくあります。有名なもので現在も建設中のサグラダ・ファミリアがあります。そんなキリスト教の巨大な建造物の完成しているものでもっとも有名なのがドイツのケルン大聖堂です。

大聖堂建設以前

ケルン大聖堂が実は三代目の聖堂であることをご存じですか?もともとここには別に聖堂が建っていました。4世紀ごろには正方形の聖堂があったらしく、これが一番古いものになります。二代目ができたのは818年でした。

キリスト教の聖人の聖遺物がおかれていたこともあり、12世紀には多数の巡礼者が訪れます。これがケルンの発展につながりました。しかし、この二代目の聖堂も1248年に火災により焼失してしまいます。すぐに3代目の聖堂の建築が始まりました。これが現在のケルン大聖堂になるのです。

完成に600年!注目されたゴシック様式

1248年に建設が始まった聖堂ですが、その後計画は進まず祭壇部分が完成したのは1322年のことで建設開始からこの時点で80年がたっていました。さらに16世紀に入ると工事は完全にストップしてしまいます。このころにルターなので有名な宗教改革の運動が激しさを増し、ケルン大聖堂もその煽りで財政難になってしまい工事ができなくなってしまうのです。結果、現在正面から見ることのできる塔の一つだけしかない

状態が300年ほど続きます。その後、19世紀にフランスのナポレオンとの戦争を経たドイツでは中世ドイツに自分たちの伝統を見出そう、とする動きが強まりました。そんな時に注目が集まったのは中世ゴシックの様式をもつ建設途中のケルン大聖堂でした。1842年に建設が再開されると急ピッチでもう一つの塔の建設が進みます。そして建設開始から600年以上が経過した1880年、ケルン大聖堂は完成しました。

世界遺産登録解除の危機?

その巨大で荘厳なゴシック建築を今に伝えることから世界遺産に登録されたケルン大聖堂ですが、2004年に世界遺産から外されそうになったことがあるのです。その理由は景観破壊の危機というものでした。世界遺産は建物そのものだけでなく、その周囲にも影響を及ぼします。日本では姫路城や京都がいい例で、ケルン大聖堂も例外ではありませんでした。

ある時、ケルン大聖堂の周囲に高層建築物計画が持ち上がったのですが、ユネスコはこの計画に対して景観破壊の可能性がある、ということで危機遺産に指定しました。その後、大聖堂の周囲に高さ規定を設けるなどの努力もあってか危機遺産から解除されました。もしかしたら高層建築物に囲まれた大聖堂、というロマンさに欠ける姿があったかもしれない事例でした。

大聖堂は157mという大きさから完成時は世界一の大きさの建物でした。第二次世界大戦時には空爆の被害にあいます。14発の爆弾が直撃し内部を激しく破壊されましたが全体が壊れることはありませんでした。1956年には修復が始まり、1990年代には空襲前のすがたを取り戻す作業が行われます。

このように建設から完成までの600年と現在に至るまで、宗教改革やナポレオン戦争に第二次世界大戦、危機遺産登録などさまざまことを体験してきたケルン大聖堂。ですがそのたびに修復など地元の住民の手により乗り越えてきました。それもこの大聖堂が地域に、キリスト教社会に愛されてきたからかもしれません。ゴシック建築の最高峰であるケルン大聖堂、その荘厳な雰囲気を味わってみてはいかがですか?

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