エジプト最高の王の神殿 アブ・シンベル神殿

エジプトにはたくさんの遺跡が残っています。ギザの三大ピラミッド、ツタンカーメンの見つかった王家の谷など数えればきりがありません。

その中でも多くの建築物を残した王が作ったアブ・シンベル神殿をご紹介します。実はこの遺跡は世界遺産の成り立ちにもかかわっているのです。

アブ・シンベル神殿とは

アブ・シンベル神殿は紀元前1314年ごろにいたラムセス二世という王が建築した神殿です。砂岩で出来た岩山を掘り進める形で作られた岩窟神殿で大神殿、小神殿の二つがあります。1813年にスイスの東洋学者が砂に埋もれた壁の一部を発見。知人のイタリア人探検家によって出入り口が発見されました。

大神殿はエジプトの神である太陽神ラーを祀り入り口には4体のラムセス像とその家族の像がおかれています。壁には神聖化された聖なる船の前で行う儀式の場面やラムセス二世の業績が描かれています。小神殿はハトホル神とラムセス二世の王妃ネフェルタリに捧げられました。2体のネフェルタリの像とそのわきに4体の王子と王女の像が配置されています。

ラムセス二世ってどんな人?

アブ・シンベル神殿を作ったラムセス二世ですがエジプト最高の王と呼ばれています。諸説ありますが24歳で王に即位し66年間統治し90歳で亡くなったといわれています。子供は男女合わせて180人いたといわれ、奥さんも多数いたようです。しかし、第一王妃で若くして亡くなったネフェルタリを最も愛した愛妻家でもありました。

非常に大柄で力も強く、当時の平均身長が160cm前後だったのに対しラムセス二世のミイラは183cmあり、扱う弓は誰も引くことができないと言われているそうです。戦いにおいては進んで戦う王で当時強国だったヒッタイトとの戦いでは自ら戦車に乗り棍棒と弓矢を片手に戦い抜いた姿がアブ・シンベル神殿に残されています。このアブ・シンベル神殿以外にも多くの建築物を残しておりカルナック神殿やラムセス二世葬祭殿、ヌビアにも多数の記念建築物を残しています。

20世紀にもラムセス二世のミイラを劣化防止のためにフランスの空港到着時に儀仗兵が捧げ銃を行う国王への礼をもって迎えられ、さらには生きているエジプト人扱いでパスポートまで支給されました。ちなみに職業欄にはファラオ(エジプトの王のこと)と記入されていたそうです。エジプト紙幣にも描かれているなど、今なおエジプトの人々に愛される王です。

水に沈む遺跡を救え!

アブ・シンベル神殿は岩山を削って作った大きな神殿ですが、この神殿に危機が訪れます。1960年、ナイル川の洪水を防ぐためにダムが建設されることになりました。しかし、そのダム建設により神殿が人造湖に沈んでしまうということが分かったのです。当初はアブ・シンベル神殿を初めとした多くの遺跡が水の下に沈む予定でしたが、この危機にユネスコを初めとした国際的な救済活動が行われました。

その方法は神殿そのものをブロック状に切り分けて別の場所に移すという計画でした。工事は無事成功し元、の場所から210m離れた丘に移築され現在に至ります。そしてこの大規模な工事をきっかけに遺跡や自然遺産を保護する世界遺産が生まれたのです。なお、アブ・シンベル神殿以外にもそれ以前からあったダムにより一部水没していた遺跡、その数10個ほどがこの工事をきっかけに移築されています。

エジプトにはアブ・シンベル神殿以外にもラムセス二世にかかわる遺跡がたくさんあります。エジプトに行った際はラムセス二世の偉大さに触れてみてはいかがですか?

Copyright(c) 2011 世界遺産の街へ旅しよう All Rights Reserved.