どうやって作った?いまだに謎のピラミッド

世界遺産に登録されているものの中にはいまだその建築方法やなぜ建設されたのかが未解明なものが多数あります。エジプトのピラミッドもその一つです。世界遺産には"メンフィスとその墓地遺跡・ギザからダハシュールまでのピラミッド地帯"という名称で登録されています。

ギザの三大ピラミッド

ピラミッドと言えばギザの三大ピラミッドを考えますよね。この中で特に大きいのはクフ王が建設したとされるピラミッドです。大きさは146m、底辺230mという大きさで底辺の誤差は20cmという正確さで作られており、積み上げた石の数は2トンの石を280万個と考えられています。紀元前2560年ごろに20年かけて建造されたと考えられています。ちなみに1300年になるまでこのクフ王のピラミッド以上の大きさの建造物はなかったくらいです。

謎の残る建築方法

クフ王のピラミッドの建設には多くの農民がかかわったとされますおよそ4000人の人間がナイル川の氾濫で農業ができない時期の7月~9月の間に集められていました。今までは奴隷を使っていたという説がありましたが、周辺の調査から作業員の街が見つかりそこで家族と暮らしていたそうです。

報酬としてパンにビールも与えられていたらしく、学者によれば公共事業のようなものだったという意見もあります。作業員たちは平均2.5トンある石を300万個運んでピラミッドを建設したとされています。王の間と呼ばれる部屋にはさらに重い60トンの巨石が使われています。ここで問題になるのがどうやって石を積んでいったかです。

直線傾斜路説

ピラミッドまで緩い斜面を持つ直線を一本作りその上を通って石材を運ぶ方法です。一番簡単に考えられる方法ですが、問題点として高くなるにつれて通路も長くする必要があり、最終的にはピラミッドを作るのと変わらない量の石材を通路に使う必要が出てきます。長さも1.6キロ必要になりピラミッドから500mの距離にある石切り場からわざわざ遠くに運ぶ必要があり、最後にはそれを撤去する必要が出てきます。

らせん傾斜路説

ピラミッドの外周にらせん状に傾斜路を作ったと考える説です。この問題点はピラミッドに添わせることになるため通路が細くなる上に通路によってピラミッドが隠れてしまい測量ができなくなってしまいます。そのためピラミッドの稜線が曲がってしまったりする可能性が高いと指摘されています。

内部通路説

あるフランス人の建築家が提唱した説で、実際に現地でも通路がふさがれた跡が見つかっています。フランスが内部の重量を分析した所らせん状の空洞があることが示唆されており現在もっとも注目を集めています。60tの石などを運ぶには内部通路だけでは難しいため下1/3の建設には直線傾斜路が必要と考えられています。この方法だと直線傾斜路よりもずっと少ない石材で建築が可能です。その後直線傾斜路は建築が進むと解体されてピラミッドの石材に転用されたと考えられます。

このほかにも王の間から伸びるシャフトの存在や未発見の王の玄室の存在もありまだまだ謎の多い遺跡です。そもそも墓と呼んでもいいのか、という意見もあるくらいです。またギザのピラミッドはオリオン座の真ん中にある三つの星を表しており、シャフトはオリオン座を指しているといった意見や本当に20年で作れるのかといった意見が出るほどまだまだ謎の多い、世界の古代史のミステリーの代名詞ともいえる遺跡の一つです。ぜひ、一度は目にすることをお勧めします。

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